どうか、すべてこのままで。







目覚めは無意識だった。だからこそ、ぼんやりと映された部屋の明るさで、王女はまた重い目をゆっくり瞑った。今度は意識的に。
それでも一度覚めた脳は思いとは裏腹にどんどん冴えていくものだから、また目を開くことになるであろうことは、ぼやけた頭でも容易に予想できた。
まだ朝日さえ昇っていない暁だというのに。宵闇に似たこの空間は、孤独を思わせて少しだけ身震いがする。
頭を支配する言葉は、忘れたいと強く願うのに、今では彼が囁いてくれた愛しい言葉よりも鮮明に残る。
「このままではナブディスが崩壊するのは時間の問題でしょう。そうなれば、もうダルマスカに成す術はないといっても過言ではありません」
突然の報告に耳を疑ったけれど、笑い飛ばせない深刻な雰囲気がそこにはあった。もう時間の問題だ。無条件降伏 − ダルマスカの敗北が、未来の中で心待ちにしているのを悟った。

そこまで考えを巡らせただけなのに、血の気が引くのを感じる。
不安に怯えた思考を遮断するため、王女は深く息を吸い込んで、無理やり恐怖とともに吐き出して、シーツに投げ出された冷たい手先を動かした。
触れるものは何もない。それでも、夢だと願う微かな希望を一瞬で消すには十分だ。
夢から覚めるときでさえ、冷たい。皮肉なわけではないけれど、もう少しだけ優しさがあればいいのに。優しさなんて甘たるい言葉に、いつまでもしがみ付くことなどできないけど。
それでも、その刹那に感じた、包み込むかのよな温かさを、否定することなどできなかった。



「・・・ラスラ」
「・・・うん?」
「起きてるの、わかってるわよ」



もう少しそっとしておけばよかったよ。頭上からささやかな笑みと共に、世界でいちばん無防備で愛しい声が私の胸を響かせる。
上をそっと向けば、穏やかな瞳がこちらを真っ直ぐに見ていた。
たったそれだけのことなのに、今は、胸が苦しくなって泣き出しそうになってしまう。微笑む予定だったのに、上手くできずにただ見つめることしかできなくなった。
彼は、いつも無償の無垢な想いを伝えてくれる。いかなるときも、それは真っ直ぐに私に向けられている。優しさが辛いときも、笑みをたえて幸福だと自然と口から零れるときも。
恐怖と不安でこの身が滅びそうなときさえ、彼はずっと手を差し伸べてくれているのだ。



「アーシェ?」



いつまでもしゃべらなかった私を、彼は名前を呼ぶことで意識を連れ戻した。不と気づけば、彼の笑顔は曇っている。
なんでもないわ。私は彼に微笑んでみせる。今、このことを話題にするのは余りにも辛すぎるから。嘘でもいい。こんな穏やかな朝はあなたの傍で笑っていたい。
きっと彼はそれに気づいている。それでも笑っていてくれる。二人が悲しまないように。



「まだ暗いわね」
「もう一眠りする?」
「えぇ・・・。でも、きっともう眠れないわ」



これからどうしよう?気分転換に、朝から庭で散歩するのもいいかもしれない。でも、この温もりを自分で終わらせたくない。
あなたはどうする?と問いかければ、彼は困ったように微笑んでみせた。



「どうしようか。俺もきっと寝れないな。君と話の続きでもするかな」
「ごめんなさい。生憎、面白い話題は持ち合わせてないの」
「話題なんかなくてもいいさ。何も話さなくていい」
「・・・バッシュが、あなたのことを気に入る理由がわかるわ」
「うん?」
「何を話さなくても穏やかでいられるそうよ。あなたにはそんな雰囲気があるわ」



光栄だな、と彼は微笑む。そんな様子が愛しくて、私は彼にぎゅっとしがみついてみる。
そんな私を、彼は何もいわずに抱きしめ返してくれる。額にキスをして、微笑んでみせてくれる。
遠くで、朝日が顔を出すのが見えた。



「もう朝になってしまったわね」
「でも、もう一時間はあるだろう」
「・・・そうね」



あと少しで、一日が始まる。もしかしたら辛い出来事が起こるかもしれない。
それならば、もう少しこのままで。
優しさに満たされた今は、昇る朝日も希望に見えた。