すべての始まり。















             
O n e  d a y  ,  o n e  m o r n i n g
             















コツ、コツ。
静かな廊下に響く靴音。ゆっくりと流れるそのステップは、まるで幸せに踊る小鳥のように優しい。
それは自分がいるこの場所の一歩手前で終わることを、私は知っている。数秒で音は止まり、扉は開かれる。
そのときを、私は待っている。扉が開かれ、あなたが私のところにやってくるそのときを。
コツ。
ゆっくりと歩く足は止まる。だけど、それからあるはずの、扉を開く音はない。代わりに小さなため息が聞こえた。
この人も、緊張しているんだ。
大人びた姿勢と表情を決して人前では崩さない人だけれど、年だって私と1つしか違わない。
そう思うとなんだかおかしいような、でも嬉しいような ― 思わず笑みが零れそうになる。
数秒の沈黙を置いて、意を決したかのようにノックの音は鳴り、その扉は静かに優しく開かれた。



「・・・アーシェ。」



いつもとは違う、式典用の鎧を着たあなたが照れくさそうに顔を出す。けれど、ブラウンの瞳は穏やかだ。
私はゆっくり立ち上がる。今しがた着付けが終わったばかりのこのドレスを、少しだけ意識して。
純白の生地に添えられた、ガルデアの祝福。控えめだけれど美しい金の装飾は、窓からの日の光で輝いていた。



「ラスラ。」



ふわりと靡くそれがくすぐったい。だけどそれは、あなたに一番に見せたかったものだ。
幼いころから、ずっと憧れていた純白のドレス。昔は、父や兄のお嫁さんになりたいなんていってた。
だけど − 今はとても嬉しい。あなたの隣に永遠にいられることを誓うこのときが。



「・・・支度はできたみたいだね。」
「えぇ。ちょっと時間がかかっちゃったけど、もうこれで完成。」



どう、とゆったり流れるスカートを少しだけ持ち上げて、あなたに笑ってみせる。
面食らったような、だけどささやかにあなたは微笑んだ。



「綺麗だ。」



そういって、私の一歩手前まできて立ち止まり、両手を優しく私の背中にまわす。
その瞬間、心の中で愛しさが込み上げてきて、ゆっくりと硬く閉ざした瞳の奥が滲むのを感じる。
幸せだ、と。これほどまでにそれを感じたことはあるだろうか。
控えめにまわした、あなたの広い背中からは体温を感じることはできない。だけど、確かにある。
愛しい人がいる幸せと、二人の永遠を誓う奇跡。それを持っているのは、私とあなたしかいない。

あなたはまわした手をそっとはずすと、私の額に優しいキスを落とす。
くすぐったい幸せの形を、なんと呼べばいいのか、それさえもわからない。どれも違う気がする。
基本的に、あなたがくれる感情に名前なんてつけられやしないのだから。
否。あなただけがくれる、といったほうがいいのかもしれない。世界でたった一人の、愛しい人だけ。



「・・・幸せに、なれるかしら。」
「幸せに、なるさ。」



瞳に映るのは、揺るぎない意志。自然と、優しい笑みが零れる。
差し出されたその手を少しだけぎゅっと重ねて、私は幸せのその一歩を踏み出した。