たとえば、こんなとき。議員たちが繰り広げる意味のない議会をダルマスカ王女 − つまりは一番の権力者としてただひたすら傍観するとき、彼女は暇つぶしに不と彼のことを考える。
暇つぶしといっては聞こえが悪いが、生憎他に当てはまる言葉など彼女の頭に浮かんでこない。
仕事柄仕方のないことだと割り切ってはいても、王女の次の結婚相手は誰が一番ふさわしいかと議論されては彼女の出番はない。ただ、執拗に問いかけられる質問に不快を笑顔で隠しながら答えるだけ。
私は当分は結婚しませんから。そういっているのにも関わらず、どうしてこんな議論が繰り返されているのだろうか。しかも、目の前には「ダルマスカ王女」本人がいるというのに。
彼女はふぅ、と溜め息を吐き、これを話したらきっと笑い転げるだろう空賊の彼のことを考えた。

たとえば、そうこんなとき。一瞬目の前がふらついて、何かが彼女の頭の中に警告を出したかのように悪い予感が過ぎったとき。彼女は彼のことを考える。
何か大きな怪我をしたのではないか。事故に巻き込まれたのではないか。彼の仕事上、そういうことはよくあり得るだろうと、心配と不安のベクトルは彼に一瞬で向けられる。
考えても考えても切がないことだと彼女自身が一番よくわかっているのに、彼女の「考え」とは裏腹にその想いは強まるばかりでどうすることもできない。
どうかしてるわ。彼女は自分にそう吐き捨て、彼の姿を頭から無理やり消し去った。

たとえば、そう、ちょうど今みたいなとき。彼に向けられる優しい好奇の目は、一瞬にして色を失う。
仕方ないじゃない。心の中で何度もそう唱えて落ち着かせようとするけれど、それで収まるほど彼女の想いは弱くはない。彼女が考える以上にずっと。
もしかしたら、仕事でそうしてるのかもしれないじゃない。そんなまやかしの言葉と小さな期待を並べてみたところで、彼に何かが変わるわけではないと知っているのに。
目の前で他の女たちと笑う彼にできたことといえば、どうか今の醜い自分が彼の目に映らないように身を隠しながら逃げることだけ。
そうして、待てよと彼が自分を追いかけてきて、必死で弁解することを愚かに期待するだけ。



「どうかなさいましたか?お顔の色があまりよくないようですけど・・・」
「大丈夫よ。ちょっと疲れたの。先に部屋で休むわ」
「畏まりました」



疲れたなんて、半分は本当で半分は嘘だ。パーティは確かにお世辞だらけのものだけど、出てくる料理や飲み物は一流品だ。デザートだって美味しい。会場の装飾も美しいから、これ以上のことはない。
ただ、見ていられなかっただけ。何を、と問えば彼を、と跳ね返ってくるけど。それさえも偽りで本当は、彼とその周りにいる女たちといえば正しいのだろう。口にはしないけれど。
そこまで考えを巡らせたあとで、彼女は振り返り、ゆっくりと歩いてきた長い廊下を見つめる。パーティ会場は死角でもう見えないけれど、賑わう声や音は微かだが耳に届く。その中に彼は今もいるのだろう。

確かに、今日の彼は一段と格好よかった。自分さえ見惚れてしまうほどだった。黒いスーツ身につけて、幼少から教えられたマナーを守り、まるで本当の参加者の一人のようにパーティに溶け込んでいた。
だからこそ、人々の好奇の目は彼に向けられる。それは彼の勝算でもあっただろうけれど、彼女にとってそれは少しだけ不安を招くものだった。普段の仕事より、もしかしたらずっと。
バカね。私室の重い扉を開け、彼女はそう吐き捨ててベッドに倒れこんだ。







「・・・オイ。なんだ、寝てんのか?ったく、せっかく早く終わらせてきたってのによ」



覗き込まれたのは、深緑の瞳だった。うつ伏せに寝ていたはずなのに、いつの間にか仰向けにされて、ベッドの中央に寝かせられていた。
まだ思考回路が完全に回復しないまま、彼がこの部屋にやってきたのだと認識する。いつ来たのだろうか。そもそも、今は何時なのだろう。そんなことを考えたところで、彼女は上半身を起こす。
13時。彼女が何をしようとしているかわかったのだろう、彼は答える。
それを聞くと、彼女はまたベッドに倒れる。どうやら、自分が思う以上に疲れているらしい。身体よりも、心が。彼を見た瞬間、まるで目を反らすかのように目を塞ぎ彼女は思う。
今更、何を話せというのだろう。自分の嫉妬なんていえるわけがない。いいたくもない。
すると彼は彼女の異変に気づいたのか、どうしたんだよと彼女の髪に触れる。



「・・・別に」
「はぁ?」
「だから、別になにもないわ。疲れたの。今日は寝させて」



そういって、彼女は彼の手を跳ね除けるようにして彼に背を向けた。
違う。彼が悪いわけじゃない。些細なことでも気にしてしまう自分がいけない。そのことをわかっているのに、どうして自分はこんな態度しかできないんだろうか。これじゃあ愛想を尽かれても仕方ない。
彼はといえば、彼女の機嫌がどうして悪いのか自分の記憶を順に辿る作業に取り掛かっていた。けれど特に何もなくて、彼は降参とでもいうように考えを止めた。
− しかし、次の瞬間に彼の頭の中に不とある光景が目に入った。そう、まるで逃げ去るかのように寂しそうに背を向けた女を彼は見たのだ。
彼は自分の考えの正確を知るべく、けれどいつものおどけた調子で不機嫌な彼女に問いかけた。



「王女様の嫉妬・・・ってところか」
「・・・何の話」
「このようじゃ、そうだな」



何いってるの、と。彼女は訝しげな顔をこちらに向ける。するとそこには、いつものように意地悪く − そして満足げに微笑む彼がいた。
へぇー、そりゃ光栄だなと。彼は余裕の笑みを絶やさず彼女に話す。



「見たんだろ?俺が女たちに囲まれて笑ってるのを」
「・・・だから、別に・・・」
「俺の前で嘘吐いたところで隠しきれるわけがねぇってこと、王女様が一番よくご存知じゃねぇの?」



別に嘘なんか吐いてないわ。彼女は怒りながら彼の言葉に付け足す。
やれやれ、と。彼は彼女の言葉に相槌した。
これじゃあ堂々巡りだとわかっていた。けれど、どうしても次に進めるだけの勇気がお互いでなかった。



「まぁ、嘘でもなんでもいいんだけど。とりあえず、あれは宝の在り処を知るためにやったんだ。あぁでもしなかったら情報なんて得られないんだよ。別に疚しいことなんか1つもねぇ」
「・・・それで、宝の在り処がわかったの?」
「生憎、俺は主人公なんでね。主人公は絶対宝を手に入れるのさ」



これでもちっとは気を遣ったんだぜ、王女様が一人悲しく泣かないようにな。
そういって照れくさそうに話す彼のしなやかな腕に、彼女はぎゅっとしがみついた。
彼女にしては派手な行動に、彼は驚くものの、何も話さずにただ顔を隠す彼女の髪を梳く。



「・・・おかしいの。毎日、あなたのことを考えてる」
「光栄だな。王女様もヒマなもんだ」
「ヒマじゃないときも。議会のときも、何か嫌な予感がしたときも、ずっと。何か怪我してないかとか、無茶してないだろうかとか。毎日、ずっと・・・」



考え出したら止まらないし、会いたくて仕方なくなるときもあるの。
彼女の顔はきっと相当赤くなっているのだろう、梳く髪の間から見える彼女の耳は真っ赤だった。
そんな彼女が愛しくて、彼は髪を掻き分けて彼女の真っ赤な横顔にキスを落とした。



「心配するな。俺も大体そんなところだ」
「・・・」
「毎日王女様のこと考えるんだぜ。正気じゃねぇよ」



そういって、彼は蹲った彼女の顔を自分に向かせる。
赤いな、熱でもあるのか。冗談交じりにいってもれば、彼女のきりっとした目が彼に向けられる。
そして、彼は精一杯の優しさと限りない愛しさをこめて、彼女の唇に熱いキスを落とした。