その問題はここ数日、少なからず彼女から美しい笑顔を奪い取り、困惑と不安を招いていた。
本来なら安らぐためにあるはずの広い私室でも、その問題は頭から離れない。気分転換しようと思い、今朝届いたばかりの民からの手紙を見れば、その問題に対する反応が隙間なく書かれている。
どうしたらいいのだろうか。寧ろ、この問題を最終決定するのは自分の義務ではあるけれども、決定に至るまでに様々な考えや知識を取り入れて「良い」結果を導くのは、何も私だけじゃない。
仕方のないことだけれど、今回は自分だけではどうにもならない。それに、「このこと」はどうしたって自分の感情が入ってしまう。良い方向にも、悪い方向にも。
彼女は溜め息を吐き、送られてきた手紙を横目に、夜空の光が照らすバルコニーへと足をのばした。



「・・・どうしようかしら」
「なに、まだ決めてねぇの」
「生憎、あなたのように何が一番いいのかすぐに答えは出せないの」
「そりゃ残念だな。でも、これはお前が決めることだ。まだ時間あるんだろ?」
「1週間。目のクマはとれないでしょうね」



王女様の目にクマができるようじゃ、まだまだ安泰じゃないな。
そういって笑うバルフレアに、彼女は溜め息をまた1つ吐く。彼のいうとおりだから反論はできないけど。
俺はそろそろ寝るぜ。そういって、彼は空になった酒のビンを引っさげて、彼女を残して部屋に戻った。
シビアだけど、これが現実なんだ。部屋へ戻る彼を横目に、彼女は冷たい手すりに凭れた。

アルケイディア帝国、ラーサー・ファルナス・ソリドールから友好条約を結ばないかと申し出されたのは、かれこれ3日前のことだった。
バハムートが墜落し、当時の皇帝ヴェイン・ソリドールが戦死してから1年。そのとき破壊された建造物や街の修復は終わり、いよいよ新しい時代がダルマスカに訪れることとなった。
その第一弾として申し出されたのが、アルケイディアからの友好条約。
先の戦争を作った一番の当事者であり、ダルマスカやナブラディアといった小国、大帝国のロザリアにとっては古くからの敵対国であるアルケイディアからのそれは、始まりとしてはあまりにも大きなものだ。
停戦を合意し、イヴァリースの平和のためにダルマスカ大将軍を送ったことは事実だけれど、それだけではやはりどこか現実味がない。戦争で得た民の喪失や傷は未だ癒えることなく、反アルケイディアを唱える者は少なくないのだから。
そしてこの決定を下すのは、20歳のダルマスカ王女アーシェ・バナルガン・ダルマスカ。そのこともあり、この友好条約の申し出はそう簡単に決められることではなかった。



「あぁ、そうだ。ヴァンたちから手紙を預かってきたんだった」
「手紙?パンネロからはたまにくるんだけど、久しぶりね」



すっかり寝ていると思っていた彼が、部屋からバルコニーの彼女に向けて話しかける。
そして起き上がったかと思うと、テーブルに置かれていた白い手紙を彼女に手渡す。
ったく、これじゃ俺も寝られねぇよ。彼女が封を開けて読む間、彼は一人呟いた。



「・・・で、どうだって?」
「・・・アーシェの好きなように決めなよって。でもヴァンもパンネロも、2つの国が上手くいくことを望んでいるみたいよ。彼らも戦争の被害者なのに・・・」
「ま、あの二人ならそうだろうな。ちなみにフランも自分の好きなように決めろ、とかなんとかいってたな」
「そう・・・。やっぱり、みんな望んでるのね」



彼女はそういって、凭れていた小さな背中を起こし、バルコニーの先に広がる城下町を見つめる。
彼はやれやれ、と彼女の傍に行き、さきほど彼女がしていた姿勢と同じように手すりに背中を凭れた。
横を見れば、彼女は諦めたような笑顔を広がる街に向けていた。



「・・・彼らだけだわ。こんなふうに、親身になって手紙をくれたりするの。他の人たちはただ主張するだけ。それが普通のことなんだけど、本当は寂しかったのよ」
「今日はえらく素直だな」
「最初は、彼らを受け入れる余裕なんてなかった。それよりも早くダルマスカを復活させたかった。だけど後になって、ようやく彼らの存在の大きさに気づいて・・・」
「シカトかよ」
「決めた。条約を結ぶわ。っていっても、もう最初からそう自分の中では決まってたんだけどね」



ヴァンたちの手紙で決め付けられたわ。彼女はそう笑って、目を閉じて上を向いた。
そりゃよかったな。彼は意地悪そうに笑い、部屋に戻ろうとした。
けれど、それは急に彼の肩に頭を預けた彼女の小さなサプライズにより阻止された。



「なんだよ」
「・・・ありがとう。本当は、これを手渡すつもりじゃなかったんでしょう?あなたが帰った後に、私がテーブルの上に置かれたそれを見るっていう計画だった」
「主人公はキザなんでね」
「でも、あまりに悩む王女様を見ていられず直接手渡すことにした、と。まぁ、ありがちな話ね」
「悪かったな」
「・・・ありがとう。あなたとヴァンたちがいなかったら、きっと今頃ノイローゼだったわ」



そういって微笑む彼女に、彼は少しだけ照れくさそうに微笑むと、彼女の華奢な肩に手をまわす。
するとよりいっそう距離が近づいて、彼女はくすぐったそうに、でも嬉しそうにまた笑う。
柔らかい彼女の髪を梳きながら、改めて彼女が生涯かけて愛するこの地を見つめる。



「伝えておいて。あなたたちがいてよかったって」
「もちろん、報酬がいるぜ」
「わかってるわよ」



そういうと、彼女は彼のほうを向き唇に短いキスをした。
これでどう?愛しい彼女はそういって、意地悪く微笑む。
王女のキスをもらった彼は笑い、それじゃあもう寝るかといって彼女を抱き、部屋へと戻っていった。