「もう会うことはない」
突然の言葉に息が止まる。呼吸することを忘れるというよりも、息苦しくないというほうが正しいかもしれない。その言葉は私を一瞬で止めた。
冷たい簡潔な言葉よりも、彼のその瞳で本気なのだとわかった。彼はとても悲しそうな顔をしていた。
そのあと私が何といったのかわからない。あるいはいえなかったのかもしれない。その先が怖くて、眩暈がして、私自身がその場に倒れるのを、私は客観的な立場から見ていた。最後にみえた彼の表情はやっぱり悲しそうで、彼の元へ駆け寄ろうとした瞬間、私は目が覚めた。
「・・・夢」
ややあって、息することを思い出したかのようにため息をする。突然の言葉に呼吸を失った夢の続きのように。
夢だとわかったのは目の前が見慣れた天井であったことと、左に自分とはちがう体温を感じたから。
少し迷ったが、ゆっくりと左をみる。夢の中の残酷な主人公は少しだけ幼い表情で眠っている。正直おもしろくない。
髪を少し引っ張ってみるが起きる気配はない。悔しいというよりは少し寂しかった。
もう会うことはない。そんなこと、いってほしくない。聞きたくない。でもいずれはそうなる日がくるのだろうか。
ため息を吐いて、彼の髪を優しく撫でて手を外して大人しく正面をみる。そして彼について考えてみる。
もしそうなる日がきたら、というよりは、そうなる日がわかるのかもしれない。きっと彼は私に言葉なんて残さないだろう。本当は優しい人だから。
でも全部が優しいわけじゃないから、彼を想って泣く私の姿は見ないのだろう。つまり彼はある日を境に私の元へ来なくなるのだろう。その別れ方が一番しっくりくる気がした。
いつかはくるのだろうか。立場上、未来の約束なんてできない刹那的な関係だ。刹那的な考え方は良しとしないが多分そうなのだろう。目に見える幸せな最後は想像できない。
そこまで考えて、ため息を吐く。こんなこと考えるなんて愚かだと思う。彼は今も傍にいてくれるのだから。
悪いことばかり考えてないで寝よう。次は幸せな夢をみられるように。そう願いながら目を瞑ったときだった。
「3回目だ」
少し掠れた声が聞こえた。同時に私は体ごと左に向かされた。そして少し重い腕が私を包む。
突然のことに驚いて言葉が出なかった。
「ため息」
彼は面倒くさそうに続けた。あっ、と思う前に額にキスされる。
つまり彼は寝たふりをしていたのだ。何度も騙されているのに、どうして今までわからなかったのだろう。
私は呆れた声で答える。
「・・・ずっと起きてたの?寝たふりなんてひどいわ」
「職業柄、気配には敏感なもんでね。こっちを向いたからキスでもしてくれんのかと期待したのに、髪を引っ張るほうがひどいんじゃねぇか?」
「・・・こんなことなら、もっと悪戯しておくべきだったわ」
悔し紛れにそういってみる。でも彼は笑って私を少し強く抱きしめてくれる。寂しさを感じたあのときの私を抱きしめるように。
それだけで胸が温かくなる。少し痛いくらいに。
「聞きたくないこと、あなたが夢の中でいったのよ。現実になりそうで怖かった」
「俺も気が利くじゃねぇか」
「え?」
「今日はエイプリルフールだ」
そういわれて、そういえばそうだったと私は気づく。そして目の前で意地悪く笑う彼が悔しい。
悔しそうにため息を吐く私の髪を彼は撫でる。
「・・・嫌い。嘘吐きは嫌いよ」
「それも嘘だろ。女王様は嘘を吐く男が好きなんだ」
俺みたいな、と彼は自信たっぷりの表情でいう。ため息が出たけれど、その次には笑って、今度は彼に自分から近づいた。
「・・・本当に嫌い」
悔し紛れに呟いた、嘘ばかり吐く私の唇を、彼は笑って自分のそれで塞いだ。