「Trick or Treat?」
ふと思い出したのか、それとも思い出したようにみせたのかはわからないが、バルフレアは日付が変わると同時に意地悪な笑みを向けた。
そうか今日はハロウィーンなんだと納得したときには、彼はソファーから身を乗り出して、二人を阻むテーブルに肘をのせて彼女を自信たっぷりに覗きこんでいた。
今にも彼の息が触れそうな距離に少し焦るが、アーシェもできるだけ余裕の笑みで答えた。
「ごめんなさいね。生憎あなたにあげられるお菓子は持ってないの」
「ほかのやつにはあるのか」
「子供に配るお菓子なら。でもあなた、もう大人でしょう?」
くすくすとアーシェは笑う。自分が何よりも甘いお菓子を持っているとは知らずに。
そう彼は最初からお菓子をねだるつもりなんてない。
ありふれた余興はここまでで十分。あとは彼女に手をのばして距離を縮めて口づけるだけだった。
「Trick or Treat?」
しかし甘い口づけは彼女の唇にたどり着く寸前に止められた。
目を開けば彼女はさきほどの彼と同じように意地悪な笑みをしていた。
「・・・何がほしいんだ?」
「何がほしいと思う?」
「キャンディ?」
「私、もう子供じゃないのよ」
からかっているのはどっちだ?余裕の笑みを浮かべる彼女は明らかに意地悪だ。
しかも顔を近づけても一定の距離を保って逃げるものだから、どうやら彼女がほしいものを与えないとキスも許されないらしい。
困ったな。それでもバルフレアは微笑んで彼女の謎解きをする。
「キス以上のこと?それならこっちも大歓迎だぜ」
「生憎そこまで大人じゃないわ」
彼女のいたずらがキスを許さないことの時点で十分大人だろうと彼は思う。
でも、もしこれが本当なら・・・。
「・・・了解」
え、わかったの?とアーシェが問いかける前にバルフレアは彼女の傍に歩み寄って優しく抱きしめた。
彼女は口づけるより抱きしめあうほうが好きだといってた。そんな大事なことを忘れるわけがない。
すぐに答えを当てられて困惑したのか、それとも素直に認めたくないのか、彼女はすぐには抱き返してくれなかった。
「与えただろ?」
「・・・急だわ」
「そうでもしないとすぐに逃げるからな」
腕の中で悔しそうに笑う彼女は、けれどゆっくりと彼の背に手をまわす。
それだけで愛しさがこみ上げてくるのだから、もうおあずけは許されない。
お菓子を待ちきれない子供のように、バルフレアは彼女の耳元で囁いた。
「Trick or Treat?」
「・・・お菓子なんて持ってないのに」
そんな甘いものがなくても十分。
腕の中で呆れながら笑う彼女に、彼は熱いキスをした。