死ぬときはきっと一緒じゃないだろうといわれた。
予想しなかったそのバルフレアの言葉に、ドキンと心臓が大きく鳴って、そして体中に響かせた。
今は甘いベッドの中で身体を寄せ合っているのに、告げられた言葉はあまりにも冷たくて、アーシェは表情を失った。そして否定するようにその言葉に続けた。



「・・・きっとそうでしょうね。あなたはきっと、もっと素敵な場所で死ぬんだわ」
「さぁな。ただ、女王様はあたたかいベッドの上で、たくさんの人に見守られながら、微笑んで涙を流すだろうな」
「どうしてわかるの?」
「なんとなく」



彼は自嘲しているのか、それとも真剣にいっているのかわからない。彼の表情を見るのは怖い。
彼女の胸は騒ぐ。なんとなく彼に言葉を持っていかれているような気がする。大事なことをかわされている気がするのだ。
迷った挙句、彼女は夜の闇の中で彼を見つめ、そして頼りなげに聞いた。



「・・・あなたは?」
「ん?」
「あなたは、そのとき私の傍にいないの?」



沈黙が流れる。彼女は彼を真っ直ぐに見ているが、彼は目を反らす。
それだけで彼女の心は揺れ、そして次にくる言葉がなんとなくわかってしまう。
深く考えずに、お互い傷つけるだけの、愚かな言葉を投げかけてしまったなと思った。
そして彼は少し間をあけて口を開いた。



「いないだろうな」



予想していた、けれど冷たい唇に彼女は言葉を失う。
欲張りで、愚かだった。何故こんなことを聞いてしまったのだろうと思った。そもそも彼とは未来を考えられない関係なのだ。この関係に名前を与えるつもりもない。だから、この先の確証なんて得られない。
いつかは別れがきて、最期はちがう誰かの傍で迎えるのだ。あるいは、一人で。



「・・・そうでしょうね」



苦しさを堪えて絞り出した言葉だった。それでも私は最期にあなたのことを思うわ、なんて綺麗事もいえなかった。結局、その場凌ぎの相槌のような言葉しかいえなかった。
涙も自嘲もできなくて、このまま時間が経ってうやむやになればいいとさえ彼女は思った。こんな話はなかったことにして、今日彼がここにきて甘い時間を過ごしたときまでリセットしたかった。
けれども、今傍にあるぬくもりから完全に離れることはできなくて、寄せ合う身体を少し離すことで、彼が否定の言葉を続けることを願った。それさえも、彼女にとっては愚かな行為だった。



「・・・考えたくもねぇな」



重い沈黙を破ったのは、彼の言葉だった。しかしそれは身構えていた彼女にとっては予想外の言葉で、思わず俯いていた顔をあげた。
彼は上を向いて、腕を額にあてて目を閉じていた。彼女は彼の言葉を息をひそめて待った。



「女王様が死ぬことや、そのとき俺はそこから逃げ出すだろうってこと。まぁ、その前に俺のほうが先にあっちに行ってるかもな。女王様はお強いからな」



そして彼は彼女のほうを向いて、ほんの少しの笑みを零した。彼女にとっては、それは儚い笑みだった。
やっぱり愚かなことを聞いてしまったな、と彼女は思った。彼にこんな言葉をいわせて、こんな表情をさせるなんて。彼女は自嘲して、そして謝罪の言葉を告げた。



「ごめんなさい、こんなことを聞くなんてどうかしてたわ。もうこの話はおしまいにしましょ」



無理やり早口でいって、無理やりぎゅっと彼に抱きついた。遠い未来の話なんてもう二度としないと思った。もう二度と、口にしてはいけないと思った。
未来よりも愛おしい今がある。彼の行き場所はたくさんあるのに、それでもここにきてくれた。それだけで十分じゃないかといいきかせた。
今日はもう眠ってしまおう。愚かなことを考える代わりに彼のぬくもりをいっぱい感じながら、襲いかかる不安と夜の闇から目を閉じてしまおう。
彼は自分にしがみつく彼女を躊躇しながらも抱きしめ、けれど少し間をあけて抱きしめる腕を離した。



「・・・でも、俺が最期に想うのはアーシェのことだろうな」



たとえ、女王様の死が怖くて逃げ出してしまうことになっても。
眠ったふりをしていた彼女の心臓は、またしてもドキンと深く鳴った。それがまた体中に響いて、身体が硬直して、思うように動かなかった。
ゆっくりと彼を見上げた彼女は、今にも泣き出しそうな表情だった。



「・・・私も、きっとあなたのことを思い出すと思うわ」



動き出せずにいる「女王様」を救いだすのは、いつも彼だった。彼の言葉はときに残酷だけれど優しくて、彼女の素直な笑顔を見つけ出すのだ。
泣きそうな笑顔になった彼女の小さな額に、彼は優しく口づけした。



「泣きそうだな」
「あなたのせいよ」



彼の言葉にいつも振り回されるけど、それ以上に素直になれる。
穏やかな笑顔を見せる彼の唇に、今度は彼女からキスを落とした。