もう一枚羽織ればよかった、とアーシェは思った。予想以上の寒さだったのだ。
吐く息は白い。この街の夜はいつもこんなに冷たいのだろうか、だとしたらきっと耐えられないだろうな。
そんなことを思いながら、寒さに肩を震わせる。けれども何故だろう、今はこの場所にいたかった。
どこかからの逃げ場所ではなく、部屋に戻るわけでもなく、この冷たい空気に触れていたかった。
バルフレアがガウンと一緒に彼女を包んだのは、もう一度冷たい息を吐き出したときだった。



「風邪ひくぞ」



突然の温かさに身体が強張るのがわかる。辛いとき優しさが沁みるように、冷たいとき温かさが沁みる。
彼はそれ以上何もいわずに、ただ彼女を優しく抱きしめている。
たっぷり時間をおいて、彼女は口をひらく。



「せっかくなんだもの。外で見ていたい」
「だったらそれなりの格好をしてくれ。じゃないと俺が議員さんたちに殺される」



満更嘘ではないかも。アーシェは苦笑して自分を優しく抱きしめる彼の腕に手を添える。
冷たいな。彼はそういって彼女の冷たい手を握り、もう一度抱えなおした。



「もう少しかしら」
「そうだな。あと3時間くらいだな」
「あと5分ほどね」
「ご名答」



部屋を出るときに時計を見てきたんだから。彼女はそういって得意げに微笑む。
それでも、それさえも彼にはお見通しで、だからこそこうして意地悪な言葉もいえる。
まぁ、こんな寒い中でも3時間くらいいても平気だろうなとバルフレアは思う。3時間も彼女を腕の中に閉じ込めることができるなんて最高だ。特に何かするわけでもないのに。
口元が緩みそうになるのを、彼女の首筋に顔を埋めることで隠した。



「ちょっと」
「何もしねぇよ」
「・・・嘘つき」



口づけられたところが熱い。一人でここにいたときは冷たくて仕方なかったのに。
彼がいるだけで自分の温度は両極端を行き交う。おかげでもう身体は温かい。
それでもこうやって同じ熱を分け合って一緒に過ごしてきたことが、今はとても尊く感じられた。



「ねぇ」
「ん?」
「あと少し待って。そしたら・・・、私も、そうしたい」



予想しなかった言葉に彼は驚く。そして顔を覗きこめば彼女の頬は赤い。
どうして女王様はこうも愛しいのだろうか。彼女の無自覚な行動はいつも彼の心を乱す。
アーシェ、と甘く耳元で呼んで、口づけをしようとしたそのときだった。
鐘の音がどこからか響き渡り、そして、見下ろしている街が一気に光った。



「・・・キレイ・・・」
「ここまできただけの価値があったな」



クリスマスに、イルミネーションが綺麗だという街に行こうといったのはいつだったか。
ダルマスカやアルケイディアより更に北の、遠い最果ての街。
飛空挺で行っても時間がかかるし、何より気温が低いから別のところにしようという彼の提案を彼女は拒み続け、ようやく辿りついた街の景色。
今まで見てきたどんな宝石よりも目が眩んだ。それはきっと彼女が傍にいるからだろう。



「・・・ありがとう、ここまで連れてきてくれて」



彼女は彼のほうをまっすぐに見て、それは美しい笑みを湛える。
そして幸せだと伝えた。



「きっとあなたがいなかったらこの場所には一生いなかったと思うし、なにより、あなたと見れたから」



クリスマスプレゼントね。そういって嬉しそうに彼のほうに向きなおり、そっと抱きついた。
なんのサプライズだ?そう心の中で問いかけながらも、彼は彼女をしっかり抱きしめる。そしていつもの意地悪で、けれど優しい彼に戻る。
最高に素敵なシチュエーションじゃないか。彼女の願いを自分がきかないで、誰がきく?
口元が緩む。けれどもう、隠す必要も我慢する必要もない。この景色だって彼の味方だ。
そして気障ったらしく、彼は彼女の耳元で話す。



「俺のクリスマスプレゼントは?」
「・・・生憎、持ち合わせてないわ」
「じゃあ、女王様をもらってくぜ」



そして頬を紅く染める彼女を抱きあげ、部屋の中へと戻っていく。
彼と、そして彼女がその夜見た最後の景色は、それは美しいものだった。