なんで明かりがついてるんだ?バルフレアは即座に思う。
時計を見やれば真夜中をとうに過ぎた時刻だ。いつもなら愛を散々語り合った後眠りにつく頃なのに。
努力家で勉強熱心な王女様だ。どうせ辞書に埋もれながら筆を一生懸命動かしているのだろう。
あるいは ― 。
柄にもなく不安が心をかすめる。兎に角急ごう。急がば回れという言葉は彼の辞書にない。直球にいって、そして尚且つ目当ての物を手に入れるのが彼の長年のスタイルだ。
アクセルを強く踏み、バルフレアは美しい飛空挺を愛しい人の部屋に向けた。







ガタンとバルコニーから音が聞こえて、アーシェは意識を戻す。けれど身体はまるで鉛のように重くて、そのまま彼女は机の上に伏す。厚い辞書が枕代わりだ。
誰かが来たんだ。彼女は遠のく意識の中で思う。けれどバルコニーからやってくる人なんて彼だけだ。
そう、彼がきたんだ。前に来たのはいつだっただろう。もしかしたら久方ぶりなのかもしれない。空賊は忙しいもの。書類に囲まれながら過ごすのとは大違いだわ・・・。
心の中でそう思って、彼女は自嘲的な笑みを零す。今日はもう思考回路が狂っている。このままベッドにダイブしてもいいかもしれない。明日に差し支えると周りにも迷惑がかかる。
のそのそと起き上がろうとしたそのときだった。



「アーシェ?!」



後方からの突然の声。振り向く前に彼はもうアーシェの傍まで駆け寄っていた。
バルフレアだ。必死な顔で自分を見つめている。



「オイ、大丈夫か?!」
「・・・何時?」



会話が噛み合わない。そして急激な安堵が彼女を襲う。
きてくれたんだ。何時かはわからないけれど、こんな冷たい夜に。きてほしいと願ったそのときに。
それが気の遠くなるような幸福に感じられて、彼女はゆっくりと手を伸ばし、彼の背中にまわす。



「オイ?!」
「・・・大丈夫。最近、ちょっと疲れてただけなの。王女なのにダメね」



ダメだけど、もう少しこのままでいさせて。
今にも消えかかりそうな声で彼女は話した。そして抱きしめる力が少しだけぎゅっと強くなる。バルフレアに彼女の願いを断る理由などなかった。
ため息を吐き、彼は優しく彼女の髪に手を伸ばす。二撫でしたらすぐに手に馴染むほど彼女の髪は細い。



「・・・どうしたんだ?」
「うん?」
「いつもの王女らしくないな」
「えぇ・・・。最近忙しいの。嬉しいことだけど」



顔をのぞけば、彼女は頼りない笑みを見せた。その笑みに彼の心は深く痛む。
無理をして笑って、嬉しいことだという彼女。半分は本当だろうけど、半分は嘘だ。目は誤魔化せない。
いっそ泣いてくれたらどんなに楽だろう。意地っ張りな王女は孤独なのだ。それを彼は知っている。
ため息がつい零れる。



「休み、少しはもらえないのか」
「無理をいったらいただけるけど、そんなわけにもいかないから」
「だからって、このまま仕事するわけにもいかねぇだろ」
「大丈夫」



彼をまっすぐに見つめて彼女はいう。
その言葉ほど信じられないものはない。そんなときに限って彼女は倒れそうな身体を奮い立たせるのだ。



「明日休めよ。俺は朝まで帰らねぇから」
「大丈夫よ。あなたも休んで」
「王女様がこんな状態で休めるわけがないだろう」
「大丈夫。あなたの顔みたら元気になった」



満足そうな笑みで彼女はそう答える。そしてまたぎゅっと彼に抱きつく。
いつもならそのまま抱きしめて彼も満足そうに微笑むだろう。けれど今日はそんなわけにもいかない。
目眩がしそうな彼女の罠に、今日は嵌る気はない。



「いい加減にしろ。とりあえず明日は・・・」
「大丈夫よ。今日ずっと思ってたの。あなたに会えたら嬉しいなって。きてくれただけでもう元気なの」
「・・・じゃあ、もうベッドに行くんだな」
「そうね。でも、今日はあなたとずっと一緒にいたい」



彼女は背伸びして彼の唇に自分のそれを重ねる。
お願い、と呟いたのと彼が彼女を優しく抱き抱えたのは同時だった。
そして彼女をベッドに優しく横たえて、彼は傍に腰かけ、細い前髪を梳いていく。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして彼の手に触れ、彼を呼ぶ。



「バルフレア」



やけに情熱的な唇だった。そしてそこから零れた声も、また彼を魅了して。
ん、と微笑んで彼女の言葉の続きを促せば、彼女は目をゆっくり開き、彼が今まで見たこともないような、それは美しい微笑みで告げた。



「ありがとう」



ゆっくりと丁寧に選ばれた言葉は、彼の想定外のものだった。
それは彼の心にストンと真っ直ぐに降りてきて、一瞬の表情を奪った。それだけの言葉だった。
けれど彼はすぐに表情を取り戻し、自分を深い笑みで見つめてくれる彼女に微笑みながら問うた。



「なんのことだ?」



顔を近づけ、わざと耳元で話す。彼女は穏やかに微笑みながら、白い腕を彼の首により深く絡める。
どうやら簡単には教えてくれないらしい。その証拠に、彼女の小さな唇は彼の頬に優しく添えられる。
このまま襲ってもいいのか。そう問いかければ、彼女はいいよと告げる。



「・・・オイ」
「なに?」



焦らしているのは一目瞭然。声色はいつもより悪戯だ。
どうしたら話してくれるんだか。そう考えて出た結論は、いつもと同じように唇を熱く重ねるだけ。
息苦しいくらいがちょうどいい。そのままの熱でお互い素直になれるとわかったのはつい最近だ。
荒く息をする唇を離し、彼女の言葉を待った。



「どうしてもいわせるのね」
「当たり前だろ」



横暴ね、と彼に告げる。今だってもう、腰かけていたはずの彼は自分に覆いかぶさっている。
王女様にはこれくらいがいい。彼はそういって、彼女の手と自分のそれを情熱的に、けれど優しく重ねる。 微笑みを崩さないまま、言葉にした。



「心配して、叱ってくれたでしょう?私のことを。それがすごく嬉しかったの。あと、会いたいと思ったときにきてくれるから」



ありがとう。優しく告げて、そしてそのままそっと唇を重ねて。
見つめた彼の顔は照れ臭そうだった。



「・・・顔、真っ赤よ」
「・・・そういう王女様もだろ」
「かわいいわ」
「ばーか」



熱いキスが降る。そしてそれを互いに感受する。それがこんなにも幸福だと思ったことはなかった。
アーシェ、と彼は呼び、まっすぐに彼女を見つめる。
照れたように微笑む彼女に、彼はそっとその続きを告げた。