想いを形にはされないの?
昔、誰かにそんなことをいわれたことがある。それこそ6年も前だっただろうか、彼がダルマスカに婿入りすることが決まって少々戸惑いがあったときに。
どう接したらいいかわからないのと零した私に、不思議そうな顔をして誰かが尋ねたのだ。
そのとき自分がどう答えたかはもう忘れたけれど、突然の質問に少々口ごもったのを今でも覚えている。 そして美しい青空が広がる今日も。出掛けた先で耳にした女の同じような言葉が忘れられない。
− 女は想いをちゃんと言葉にしなきゃ。じゃないと男なんてすぐ逃げていくんだから。







広い部屋に、王女の本日何度目かの溜め息が広がった。自分の本音が耳に届く。
溜め息の理由は幾らかあったけれど、多分これが原因なんだろうなということは遠くでわかっていた。
あえて口にはしないけど。そう心の中で付け加えて、彼女は頭の中で先ほどの会話と光景を回想した。



「あらなに?男に逃げられたみたいなその言い草は」
「昔の彼がいってたのよ。俺は言葉にしてくれたら嬉しいぜって」
「で、言葉にしなかったから逃げられたと」
「まぁ女好きな上に空賊だったしね。未来はなかったし、私もそのころ素直じゃなかったから」
「わかった、それあの人でしょ?イヴァリースで結構有名な・・・」
「バルフレアよ」



回想はそこで唐突に終わる。そのあと彼女たちはまた何か話していたけれど、耳には届かなかった。
女は想いを言葉にしないと男に逃げられるのよ。彼女は今頷く。「昔の彼」の哲学を鵜呑みにするわけではないけれど、認めざるをえないところもある。一理はある。
そこまで考えて、彼女は腰掛けていた豪華なソファーから身を乗り出し、テーブルにある温かいティーカップを手にする。けれどとても飲む気にはなれなくて、手を戻して、また溜め息を一つ。
そう、溜め息の理由なんて認めてしまえば単純。何よりも、目に入った名前も知らない女の美しい容姿を前にして自分は敗北したのだ。
ほっそりした身体に、綺麗に整えられた長い髪。そして穏やかな微笑みを付け加えられては何もいえない。女である自分が綺麗だと思うのだから、男性から見たらそれ以上だろう。女好きらしい「昔の男」が必死で口説きたくなるのもよくわかる。

だからこそ不安になるのだ。彼の今の女である自分は何もない。王女という彼にとっては面倒な肩書きと、愛の一つも語れない意地っ張りでプライドの高い性格。まるで正反対だ。
深みに嵌ったらなかなか抜け出せないのもわかっている。けれど今の自分を彼に見てもらうより、そのほうがよほどいいのかもしれない。自己嫌悪に陥ったほうがまだいい。
手を伸ばして、ティーカップを口に運ぶ。冷めた紅茶の中にある砂糖は溶けきれずに固まっていた。







「相変わらず仕事は忙しそうね」
「あぁ。物語の主人公は忙しいんだ。まぁ一国の王女様ほどじゃねぇけどな」



軽く微笑んで、彼はお気に入りのソファーにいつものように腰掛ける。
バルフレアは今夜も愛しい王女様に会いにきた。空賊の仕事が一段落したあと、彼の自慢の飛空挺を飛ばして。無論、彼は王女の不安と決意を知る由もない。
いつものように会話をして、いつものように彼は彼女の細い肩を抱き寄せる。



「今日はどこへ行っていらしたの?」
「ダルマスカの砂漠地帯」
「なにか見つかった?」
「あぁ。何千年も前に滅んだ国の宝石がでてきたぜ?」
「そして、あなたとフランがいただいた、と」
「もちろん」



彼女は小さく声を上げて笑う。彼の行動がわかるくらいの距離に自分がいることが嬉しい。
彼は微笑んで、そして彼女の頬に手を伸ばす。自分を魅了してやまない美しい唇まであと数センチ。いつものように、このまま彼女を奪ってベッドに優しく運ぶはずだった。



「・・・待って」



呟く息がかかりそうなこの距離で、彼女の保留を宣言されたのは初めてだった。
驚いて彼が目を開くと、彼女は甘く目を開いたままもう一度、待ってと呟いた。
何を待つんだよ。彼は軽く、けれどご馳走が待てない子供のように問う。
彼女は薄く息を吸う。彼とはずっと一緒にいたい。そして声が上ずらないように、今日心の中で呪文のように何度も繰り返した短いたった一言を口にした。



「・・・好きなの」
「は?」
「だから、今日は私からさせて?」



突然の保留に続く彼女の愛しい宣言。一瞬戸惑った彼の唇に触れたのは彼女。
ちゃんと伝えなくちゃいけない。彼のことが好きだから。彼とずっと一緒にいたいから。いつも彼が自分にしてくれるように、自分だって彼に返さなくちゃいけない。
そうしなければ・・・この恋が終わる。片方の想いだけでは恋愛は成立しない。
好きなのに、相手も好きだと囁いてくれたのに、その相手が消えて恋が終わる思いはもうしたくない。

触れていただけの口付けが徐々に深くなっていくのがわかった。それと同時に胸も息も苦しかった。まるで自分のようじゃなかった。けれどここまできて、もう後戻りはできない。
彼にいつもより強く抱き上げられて、気の遠くなるような緊張と鼓動が襲い掛かる。自分が口にした言葉の意味が、行動が、今になって重く圧し掛かる。
ベッドの上の彼の唇は熱かった。いつもより早急に、そして激しく自分が奪われていくのが怖くて、彼女はぎゅっと目を閉じた。
全ては彼のために。彼が好きな「素直な女」になるために。そう心の中で強く念じていたときだった。
動き回る彼の手が急に止まって、彼の深い溜め息が聞こえた。



「何なんだよ?」
「え・・・?」
「突然自分からがっついたわりに、苦しそうな顔して」
「別になにも・・・」
「あるだろ。俺に嘘が通るわけねぇって王女様が一番知ってんだろ?」



彼はそういって身を起こして、彼女をまっすぐに見つめる。
彼女はバツが悪そうに目を反らして、そしてまた彼をまっすぐに見つめていう。



「・・・あなたが好きだから。本当は、ずっと一緒にいたいの。だから、嫌われたくない・・・」



嫌われたくない?なんだそれ?
不覚にも涙目になりそうになった王女の口から弱々しく零れた言葉を整理する。
王女様が自分のことを好きなのはよくわかっている。ずっと一緒にいたい。その言葉もよくわかる。
そう、全て自分と同じ気持ちだから。けれど、突然なにを改まっていうのか。
彼女の言葉が聞こえたのはそのときだ。



「想いをちゃんと言葉にする女性が好きなんでしょ?私知ってるんだから・・・」



その言葉に、しまったと思ったのは誰でもないバルフレア。
どこで聞いたか知る由もないが、昔の自分の哲学を耳にすると気恥ずかしい。
彼はそっと溜め息を吐くと、その次には照れくさそうに、けれど勝ち誇ったように微笑んだ。



「それで?王女様は俺に嫌われたくない一心で、無理やりやったってわけだ?」
「別に・・・」
「これは光栄だ。王女様からこんな嬉しいことをいわれるとは思ってなかったぜ」



だからこれは・・・!
真っ赤になってそう続けようとした彼女の唇を、彼は早急に奪う。
酸欠になりそうなほど長いキスのあと、彼は嬉しそうに微笑んで告げた。



「確かに、素直に愛を語ってくれる女が好みだぜ?」
「・・・だから・・・」
「でも、今は少し意地っ張りな女のほうが好みなんだよ。王女様みたいな」
「・・・誰が意地っ張りよ・・・」



悔しそうに微笑む彼女に、バルフレアは微笑んで、珍しく思い切り抱きつく。
ちょ、ちょっと・・・。そう彼女が呟くころには、彼女は完全に彼に組み敷かれていた。
そして低く甘い声が彼女の耳元に届く。



「王女様が愛してるって口にしなくてよかったぜ」
「・・・どういう意味?」
「俺の役目、とられちゃ困るからな」



何よそれ。彼女が悔しそうに告げる。
けれどその続きは、余裕の笑みを湛えたバルフレアの唇によって塞がれた。