バルフレアがアーシェの許にやってきたのは、いつもと同じ真夜中に近い時間だ。
いつものようにテラスから飄々とやってきた彼は、愛しい王女様が眠っているベッドへ向かう。
驚いたろ?そういって微笑んで彼女に触れるのが彼の大よその計画だった。
そして、心の中で意地悪く微笑んだほんの数秒後に、彼のその「計画」は脆くも崩れ去ったのだ。
− 何しにきたの?









別に特に何か用があるわけではなかったのだ。否、そんなことをいえばこの恋は終わってしまうから、この言い訳を彼女にするつもりは毛頭なかったけれど。
彼女の問いただすような瞳の前では、かのイヴァリースきっての天才空賊も困惑せずにはいられない。もちろん、持ち前のポーカーフェイスを崩すことはないけれど。
王女の心を優雅に奪い、唯一テラスから出入りすることを許される来客という立場は一変し、今の自分は彼女の怒りにも似た疑問の矛先にいる。もちろん、彼女の訝しげな表情の理由を知る由はない。
なんだなんだ?口を開こうとしたバルフレアより先に、彼女の唇がもう一度同じ文字をなぞった。



「何しにきたの」
「何って・・・」
「今日はこられないんじゃなかったの」
「急に予定が変わったんだ」
「だからって・・・。こちらにも都合があるのよ」



つんと彼女は横を向き、そして部屋を出て行く。
なんだってんだ?彼の疑問は波ひとつない美しいベッドの上に落とされる。
本当なら、ここには王女様が眠っていて、急に訪れた彼に驚きながらも微笑んで迎え入れてくれるはずだったのだ。今にして思えば浅はかな計画である。
一人残された部屋の中で、彼はどうしたものかと考える。けれど理由なんて全く思い当たらなくて、結局ベッドの上にやれやれと腰掛けることで身を落ち着かせることにした。
彼女が戻ってきたのは、それからすぐのことだ。



「予定外だわ」
「だったら帰るぜ。今度はご都合のいい時間にしかこねぇよ」
「別に、そういうわけじゃなくて・・・」
「じゃあなんだよ」
「・・・あなたに、私がしようと思ってたこととられちゃったから」



なんのことだよ。バルフレアは困ったように立ち尽くすアーシェを見上げる。
いうべきだろうか、それとも、まだ黙る余地はあるだろうか。でも、せっかく会いにきてくれた彼の優しさを自分から突き放したくはない。
そうだ、と。彼女の頭の中に1つのアイディアがうまれる。彼女はベッドに座り、彼の後ろにまわる。そして小さな掌で彼の目を覆った。



「なにすんだ」
「いいから、黙ってて。これから30分はこのままでいて」
「はぁ?30分こんなことして楽しいかよ」
「もちろん私は違うことをするから、このベッドを使っていただいてもいいから、ずっと目を閉じてて」
「なんのためにだよ」
「いいから。絶対に開けないで。私が開けていいっていうまで。30分で終わると思うから」



お願い。そういって掌を離し、ベッドから降りる。
腑に落ちない。バルフレアは逃げるように自分から離れる彼女を後ろから抱きしめた。



「ちょ、ちょっと」
「逃がさねぇ」
「お願い。あとで・・・」
「理由教えてくれたら」
「あとでわかるから。離して」



ここまで拒絶されるのは初めてだ。本当に、なにか理由があるのだ。
わかったよ。そういってバルフレアはおとなしくベッドに寝転んで腕を目にあてた。
ありがとう。彼女は微笑んで、止まっていた作業をこっそり始めた。



「あ、あと・・・」
「なんだよ」
「目を閉じてても、話はしてほしいわ」
「目を閉じたまま愛を語れってか?」
「・・・別に語ってくださっても結構だけれど、私はあなたの話が聞きたいわ」
「俺の話は王女様で持ちきりだぜ?」



忙しく作業をしていた彼女の手は止まる。どこまでが本気でどこまでが冗談なのだろう。
急に黙った彼女を気遣い、嘘だよと笑ってバルフレアは付け足した。
別に、本気でもよかったのだけれど。彼女は思い、そして話題を変えた。



「この前はどこに行っていたの?なにか目当てのものは見つかった?」
「あぁ。まぁ、たかがしれたやつだったけどな。そっちはどうだよ」
「相変わらずね。でも、ちゃんと頑張ってるわ。あなたみたいに、特に目当ての宝物もないし毎日わくわくするような仕事じゃないけど」
「王女様はそれでいいんだよ」
「ありがとう」



ささやかな声がバルフレアの耳に届く。それを聞くだけで心が満たされる。
目を閉じていても彼女の仕草がわかりそうだ。きっと今、穏やかに微笑みながら何かしているのだ。
別に口説いてるわけじゃないぜ。そう自分にいいきかせて、彼は話を続けた。



「それに」
「うん?」
「俺の目当ての宝物は、もう見つかってるぜ」
「なに?」
「でも、俺はまだそれを完全に手にしてないんだ。ガードが固いもんでね」
「天才空賊さんでも手に入らないのね。どんな宝物なの?」
「ダルマスカの王女様だ」



手が止まり、ゆっくり彼のほうを見る。でも彼は目に腕をあてたままベッドに寝転がっている。
そんなこといわれたら、作業ができなくなってしまう。完成まであともう少しなのに。
でも、と彼女は心の中で付け足す。彼が与えてくれるこの愛しい気持ちに嘘を吐くことなんてできない。
溜め息を吐いて、彼女はまた手を動かす。



「そうね。ガードは固いわ。でも・・・」
「なんだよ」
「もう、あなたに全部奪われたのかもしれないわ」



笑ってもいいわ。そういって彼女は頬を赤らめながら笑う。そして、小さな歓声があがった。
できた。進めていた作業が終わったのだ。
バルフレアはそれを聞いて、勢いよくベッドから起き上がって彼女のもとに行く。
もう我慢する必要はない。奥ゆかしい彼女が素直に語ってくれた言葉も裏切るつもりはない。
ちょっと、まだ・・・。そういう彼女を無視して、バルフレアは彼女の手の先にあるものを見た。



「チョコレート・・・」
「・・・ダルマスカには昔から女の人が男性に渡す習慣があるの。今日が、その日だったから」
「で、愛しい男に王女様が夜を徹して作ってくれたわけだ。しかもハート型ときた」
「らしくないって、笑ってもいいわよ。でも、たまには女性らしいことだってしたかったの」
「笑わねぇよ」



そういって意地悪く微笑んで、小さなチョコレートを口にいれる。
甘くない。さすが洞察力の高い愛しい彼女なだけあって、好みをよく知っている。



「ちょっと・・・。まだ味見してないのに」
「美味いぜ?」
「・・・そう?よかった。じゃあ、私も・・・」
「待った」



え、と思った瞬間に唇を塞がれた。少しだけ苦い香りに何もいえなくなる。
永く深い口付けのあと、バルフレアは微笑んで彼女を抱き上げる。
耳元で囁いた彼の言葉に酔いそうになる。



「チョコレートよりも、俺は王女様のほうが好きだぜ?」



高鳴った鼓動と赤くなった顔を隠すため、彼女はまるで降参とでもいうように彼の首に手をまわした。