最初に声を上げたのは、空に夢を見る少年だった。嬉しそうに走り回り、その後には彼のガールフレンドも一緒になって声を上げて笑う。
目の前に飛び込んできたのは、大海原というよりは蒼海だった。
穏やかに靡く風で波は漂い、心地よい音韻を響かせる。敵地とはいえ、攻防を繰り返して疲れた身体と心を癒すには十分な場所だった。

誰からでもなく自然と足が止まり、暫しの休息に身を委ねる。ヴィエラの美女と前将軍は木陰で、浅瀬で遊ぶ少年たちを微笑ましそうに見ている。
自分にもあんな風に遊びまわる頃があったなんて、今では信じられないくらい時は経ち、また知識も傷も増えた。正直、少女の頃から今に至るまでの過去を振り返ってみれば、辛いことのほうが本当に嬉しかったことより多いかもしれない。
行き場も存在自体も消えたあの日から、もう2年が経つ。喪失の悲しみと復讐は色褪せることなく今も続いている。だから自分は今ここにあり、次の目的地をこの身に感じている。
力に餓えている ― そういわれれば、そうなのかもしれない。ダルマスカ復活の力が欲しい。でも、もしかしたらそれだけではないのかもしれない。否、それだけではないのだ。
深い思考は周りを見えなくする。考えも身体も小さな石に躓きそうになった自分を支えてくれたのは、空を自由に飛びまわる空賊だった。



「・・・ありがとう」
「なぜアルケイディスに行く?」



唐突な質問だった。それだけに心に重く響き、彼女は口を噤む。
きっと、帝国に潜入したところで変わることはなにもない。ただ ― 自分の想い以外は。
帝国に対する憎しみが増すのか、それとも何か別の想いが生まれるのか。どちらかは検討もつかないが、そこには一貫して「復活と仇」の念がある。
彼女はまるで答えを出してとでもいうように、空賊に質問で返した。



「私が力に餓えている・・・そんな風に見えますか?」



海を見ている彼は振り返らない。返事もない。
やはり自分は石に取り付かれているのだ。そう悟った先にあったのは恐怖だった。
そして行き場のない心に身を震わせたとき、彼は吹っ切ったように話した。
破魔石に取り付かれたヤツがいる ― それは自分の父親で ― 変わっていくのを見ていられなくて帝国を飛び出した、過去を。



「過去に縛られるのは、もういい」



彼はそういった。彼女は、まるで自分にいい聞かせるようにそれに続いて呟いた。



「過去を断ち切れば、自由・・・」



呟いた先にあったのは、昔日の記憶だった。
穏やかに風が揺れる場所に彼はいた。結婚して間もないころだ。自分はそこで彼の気持ちを聞き、手を重ねて、守ると約束したのだ。
あの消え入りそうな笑みと国のためなら、なにがあろうと守ると誓った。そして結局、守れたものなんて何一つなかった。
瞳を閉じれば、彼は今も傍にいて励ましてくれる。指輪なんて証拠がなくても、彼はすぐ傍にいる。
そんな淡い記憶から今に引き戻したのは、またしても空賊の声。まるで忠告するような。



「お前はあんなふうにはなるな」



真っ直ぐに彼女を見ていた。敵地 ― 彼の故郷の海を背にして、彼はいう。
父親のようになってはいけない。空賊の自分にしたらお節介の何物でもないかもしれないが、それでも彼はいわずにはいられない。
儚げに揺れる彼女の瞳を、彼は見逃さなかった。
今の自分と同じ、なにも守れなかった過去を背負う小さな彼女の哀しみは痛いほどわかる。



「王女様はお強いんだ」



微笑み、自分の肩に手を軽く置いて去る彼に、少なからず笑みを誘われた。
ありがとう。それを込めて素直に微笑み、自分にいった。



「そうありたいと願うわ」