手を伸ばせば、今にも星屑が届きそうな夜だった。ただ一人、この日を心から祝してくれる彼女の許へ空賊は急ぐ。
思わず笑みを零してしまうのは、「こんな日」だからと、こっそり言い訳しておく。本当はいつも彼女の許へ行くときはそうなのだと知っているが、それを認めるのは少々惜しい。
とびきりの日にしようなんて思わない。まして、彼女に求めることなどなにもない。ただ、いつものように笑って会えたらそれでいい。
幸福の溜め息を押し殺して、バルフレアはエンジンを更に強く踏み込んだ。
そう、たとえばの話。空賊の彼が自分を欲しいといったら − そのときは、なんて答えたらいいのだろうか。
はい、いいえ。それでは他人行儀すぎるだろうか。でも、他にはなんていったらいい?
そこまで考えを巡らせて、彼女は思考を閉じる。自分はなにを考えているのか。空想の最果てで思い悩むなんて、全くどうかしている。
明日は、彼の誕生日だ。それだけではないか。彼がいなければただの何ともない日だ。自分は何を期待しているのか。彼を想い、顔を赤らめているのか。
ダルマスカ王女がそそくさと、グラスを並べようとしたときだった。
「よう」
「・・・早いのね」
「早く王女様に会いたかったからよ」
「・・・確かに。寂しさでヒロインを泣かせる主人公は、最低だわ」
泣く心なんてあるのか。笑って、顔色1つ変えずにグラスを並べる彼女の邪魔をする。
生憎、あなたと違ってあるのよ。そういって、今日初めて彼に笑ってみせた彼女はどこか嬉しそうだ。
部屋の奥へ行った彼女を横目に、バルフレアは置かれた空のグラスを傾ける。
「なに、酒でも飲むのか」
「えぇ。下手になにかするより、それが一番いいかなって」
「さすが王女様。ご察しの通りだ」
本当は、彼女がしてくれるならなんだって嬉しい。そんなことを口にできないだけで。
そうこう考えているうちに、彼女が得意げな笑顔を見せて、こちらのほうにやってくる。
二つの小さなビンを持ってきたことに、彼は気づかなかった。
「なんの酒だ?」
「ダルマスカ産のものよ。ちょっと珍しいものなの」
彼はグラスを傾け、透明な液体で満たされていくグラスを眺める。
二つのグラスが小さな音をたてれば、それからはもう二人の時間、のはずだった。
彼女の笑みが深さを増し、彼の驚き呆れた声が聞こえたのはそれからすぐのことだった。
そしてついに笑い声を上げた彼女に、彼はいう。
「水じゃねぇか。どうりでおかしいと思ったぜ」
「だって・・・用心深いあなたが、疑いもせずに素直に飲むものだから・・・」
「王女様だと思って安心したのがいけなかったんだな」
「・・・そうね。あなたが悪い」
「随分、主人公泣かせだな。それじゃあ肝心なときにヒーローはこないぜ?」
「ヒロインを嫌う主人公なんているの?」
・・・今日は彼女の誕生日なのか。得意げに笑い、嘘だといってソファーの後ろからもう1つのビンを取り出す彼女にやられてしまう。
渋々もう一度グラスを傾けて、一杯になったところでまたグラスを傾ける。
なるほど、今度は嘘ではないらしい。少し強めのなのがちょうどいい。ちょっと気合を入れて作ってのだろうサラダもいい。
「ごめんなさいね。これくらいしか、用意できなくて。本当はもっと、ちゃんとしたのにしようと思ってたんだけど、なかなか難しくて」
「俺は別になにもなくていいんだよ。王女様と一緒に過ごせれば」
ありがとう。そうアーシェがはにかんだとき、部屋の時計が12時を指した。
そして12回の重い音が鳴り終わると、そうだ、と、徐に空賊の彼は口を開いた。
「1つだけあるな」
「・・・なにが?」
「王女様なら、叶えてくれるんだろ?」
意地悪げに微笑んでみせた彼の言葉は、そう、彼女の空想とあまりにも同じで。
「盗んでもいいですか、王女様?」
はい、いいえ。そんなこと、もとよりいえるはずがない。彼の前ではいつだって、一生懸命の余裕を簡単に崩されてしまうのだ。
彼女が言葉を紡ぐ前に、彼は強く抱きしめる。そしてあっという間に抱きかかえられる。
「はい、っていってないわ」
「俺には聞こえたな」
「幻聴よ」
「最初に盗んでくれって頼んだのは、そっちだぜ?」
意地悪げに微笑んでみせた彼に、心の中でずるいと呟く。
少し冷たいシーツの上に倒されれば、そんな余裕がないくらいのキスの雨が彼女に降りかかる。
今日くらいはいいだろ。さっきは何もいらないといったけど、本当は彼女がほしくて仕方ない。そう、正確にいえば、彼女以外なにもいらない。
愛しさを込めてキスをすれば、彼女の抵抗の言葉はなくなり、首に細い腕が控えめに巻きつくのを彼はもう知っている。
計画は完璧なはずだった。
「ま、待って」
「待てねぇ」
「お願い」
いつもとは違う抵抗に、暴く唇を止める。顔を見れば、彼女はまっすぐこちらをみていた。
そして少し躊躇するかのように、それでも頬を染めて笑ってみせた。
「誕生日おめでとう、バルフレア。ケーキを作ったから、あとで食べてほしいの」
「・・・あれだけじゃなかったのか」
「今日は、何もかもサプライズにしようと思ってたの」
そういって、彼女は自分からバルフレアの唇に自分のそれを重ねる。
短く終わらせるつもりなどない。彼女がくれたささやかなキスを見逃すわけにはいかない。
彼は深く口付け、そしてある名案を思いついた。
「王女様が食べさせてくれるんだろ?」
「え?」
「ケーキ」
抵抗を並べても、結局そうなってしまうのだ。今日くらい、素直になってもいい。
わかったわよと頬を染めていう彼女に、彼は微笑み、ありったけの優しさと愛しさで彼女の唇を奪う。
そうやって、今夜も彼の人生最大のバースディプレゼントを頂くのだ。